失恋

かなり久しぶりに文章を書く。

いまは2023年11月も終わりにかかっていて、おれはもう学生ではなく社会人になったね。

タイトル通り、失恋した。

正しくは元カノとの不思議な、良くない関係に終わりがきた。

恥ずかしいけどすごく綺麗な恋だったし、想像していた何倍も綺麗な失恋だった。

思い返すと中学3年に付き合ったけど、接点は中学2年のクラス一緒になったときからかな。
なんかなんで距離が縮まったか知らないけど、たぶんあっちが好きっぽいって気づいて興味出たっていうなんとも自分らしい距離の縮まり方というか、、。

付き合ったのは9/26。
最初は映画行ったなぁ。4人とかだったきもするけど。

よく一緒に帰った。途中の神社でちょっと休んで学生らしいイチャイチャしてたわ。

海もよく行った。

高校も一緒だけどほとんど覚えてるのは海に行ったくらい。
学祭はあっちが部活で一緒にまわれなかった。たぶんちょっと悔しくてずっとバスケ部の焼きそば焼いてたなぁ。

最後の大会はみにきてくれた。
写真の1枚くらいとっとけよ。ばかたれ。

あっちは最後金賞とってたな。まじで尊敬。

部活終わってからも会えるのにあわなかったな。
現役で受からなかったら別れるとか言ってて結局落ちて、あっちの家の前でもう一年まっててくれますか?とか言ったなぁ。

誕生日はロッカーになんかひらひらついてた記憶ある笑
かわいらしい。

浪人時代は本当に連絡とってないけど、誕生日とかクリスマスとか事あるごとにおれの数少ないラインに反応して、プレゼントくれてたなぁ。

合格して福島市いって4/2とかかな?うちにきてオムライス食べて初めて夜過ごしたね。

なのにそのあと俺が勝手に大学の同期のこと好きになって7月に振ってしまった。

あのとき、ろくな別れしなくてほんとうにただただ傷つけてしまった。
こんなとこで謝ってもなにか伝わるわけでもないし、いまさら伝えたくもないから書いておく。
ごめん。幸せになってね。ってあの時言いたかったんだ。


時たって忘れられなくて何回も連絡しちゃったなぁ。
大学3年の時、助産師の学校が福島市で一年だけいたね。

いる。ってぶりゅーにきいてすぐ連絡してしまったね。最初はなぜかうちの掃除するっていう不思議なイベント。
ほんとにそれだけで帰って行ったね。

次はご飯食べたね。おれんちで。そのあとエッチしたね。

1/3には元カノの家にいってマスカレードホテルみたね。たまたまやってて。
ご飯作ってくれててたべた。おいしかった。
そのあとエッチして寝たね。

次の日はたしか会津に和之せんせーのバスケクリニックの手伝いいったなぁ。


5年の時もなんか関係続いてて

6年の夏とかは
一緒にアートバーで絵を描いたね。べろべろになって歩いた中華街はあんまり覚えてないや
絵は捨てれないかな、

ディズニーランドも行ったね

一緒に年越しもしたね
そばはおいしかったけど、年越しでチューしよっていってチューしたね
そんな2023年のはじまりだった

一緒に帰省して家の前でバレないかなとか言って下ろして
ハラハラしたよ


国試前にはお守り、ピカチュー、キットカットもらったなぁ
ほんとうに好きだった

合格してヨーロッパまえに大阪京都旅行行って

ヨーロッパから帰ってきて元カノの家に帰って
帰宅してすぐの日本食は元カノの手料理
何食べたか鮮明ではないし、思い出す手段はあるけど記憶だけに頼って、最高においしかった

卒業式前日には会いに行って、、なんでかしらないけど
エッチして始発で福島市に戻ったなぁ


2023.4月
就職していちばんにいわきで会ったのは元カノだったね
東京からわざわざきてくれて
そば持ってきてたべればよかったね、また今度。とか言ってたね
ラブホで初めてエッチしたね


そのあとはディズニーシーにいったり、元カノがこっちにきてくれて同棲みたいな3日間すごしたり
幸せだった

元カノの誕生日はこっちで祝ったね
大好きだったよ


10月の夏休みには鴨川いって、グランピングしたね
ワンピース実写ぜんぶみたね、おれが笑
なんかいもエッチしたし、ごはんおいしいし、一緒の買い物楽しいし、朝起きて隣にいた元カノが本当に愛おしかった




でも覚悟決めなきゃってずっと思ってた



2023.11.16
14から2泊3日でこっちにいたね
16日は定時で帰れて一緒にご飯食べてエッチして終電に慌てて送っていったね

22:30に上野に着くよ、電話したい

おれはそこまでにシャワーとか済ませて電話かけた

        • -

何気ない会話が続いた電話
突然あと5分はねないでって
なんで?っていったけど、うそ、なんとなくわかってた
でもわかりきれてなかった
「すきなんだけど、つきあってくれない?」
これって元カノがおれに中学生のときした告白とまったく同じだったんだよね
てっきりもう終わろとか言われるとおもってたおれはうまく反応できなくて、ほんとにそれで合ってる?って

うん、おねがい、つきあって

、、、

だめ?

、、、、きびしいかな?

なんで?

今付き合ってるからさ、、

じゃあ別れてよ

できないよ、、

わたしはいらないってこと?

いや、いらないとはいえない

ほんとにだめ?

、、うん

ほんとに?

ごめんね

やだ

ごめん

やだ
少し泣き声でやっぱりこういう感じに終わるんだ
っておもってたら

すこし無理してふざけた感じ出してきて

わたしがいちばん幸せにできるよ?後悔するよ?
って
俺が全然知らないところで元カノはすごいかっこいい女性になっていたんだって

そのあとはふたりでというかあっちから昔の悪かったところ責められて(?)、

最後は
「風邪ひかないでね」 「うん」
「浮気で慰謝料きをつけてね」 「はいはい」

「幸せになってね」
___________________________________

こんな感じ、もっと深いけど俺の記憶にはあるからいいの。

大好きだったし大好きな絢乃
初めて本気で好きになって好きになってもらえた絢乃
大切さを失ってからこんなに気づいても無駄だし、誰に話してもきっと理解はできない関係な2人だった

幸せになってね

嘘じゃないよ
でも
この文章を打ってる失恋10日目の俺は
まだ
幸せにできるのはおれだ
って
おもってて
未練しかない

でもね
幸せになって
これは
裏表なくほんとうにおもってる

ただ
おれとの幸せ
以外で
他の男との幸せな
あなたの顔は
おれは
たぶんみれない

だから
覚悟決めるよ

さよなら

2022年、帰省終わりの夜に

あけましておめでとうございます。まあ、そんなこと言ってもう1月5日なんだけどね。

 

今日いわきから福島に帰ってきた。

今年の冬は大雪で福島はたいへんたいへん。車の運転気をつけないとね。

 

今回の帰省は2年ぶりにお兄ちゃんも帰ってきたんだけど、案の定、母と兄と喧嘩した帰省だったなぁ。母との喧嘩はいつも通りとして、お兄ちゃんとの喧嘩は結構まずいというかなんか考えさせてくるものだったので残しとこうかな。

まあ、喧嘩自体はハッキリとあった訳ではなく、たぶんお兄ちゃんはおれが偉そうというか自分勝手なことにイライラしてたんだと思う。そしておれも心当たりあるし、何より変に大人になってしまったっていうのが原因なのかなと。

決しておれは家族を舐めたりしてる意識はないんだけど、どうしてもおれが医大に行って、バイトして多くの人と触れ合ってきた中で勝手に人間の順序付けみたいのをしてしまっているんだなっておれの無意識な発言からハッとする時が増えてきた。

お兄ちゃんと飯食った時に、思わず言った『お前みたいなど底辺の仕事は上司がアホで大変だ』みたいな?こと。

これはかなり失言というか、そんなことが口からこぼれた自分に幻滅してしまっているわけで。

ただ、言った内容が間違っているって思いきれてないところもなんでなのかわかっていないわけで。

世の中にはいろんな仕事、人間があって何が優れているとかはないと思うんだけど、おれも自分のやり方というか生き方に誇りを持ってやっているがために自分以外の評価がおかしくなることもある。これって決していいこととは思わないんだけど、もうすぐ24歳になる現段階のおれ個人の答えとしては発言通り、考えている通りなんだとおもう。

ここに残しておくことで、いつになるかわからないけれど、見返して、この時の自分をガキだったなとか笑える時が来るのかなって思っておくのも今しかできない答えの一つなのかなって思う。まぁ、今でも迷い迷いしていてなにが自分の本心なのかはハッキリしていないんだけどね。

 

もう少し書くと、父さんが二人の時に『もうお前らも大人なんだからこれから年老いていくおれらを上からみるきもちでもいい』的なことを言ってきて。

おれは咄嗟に上から見る気はねーよって返したんだけど、父とばあちゃんを見ているとわかるようにいずれおれも両親を支えていくような立場に成長していくのだから、見た目とか考えだけじゃなくて、きちんと行動とかからも親を安心させられるようになっていきたいな、なんて考えてしまったし、考えてしまうよね。

 

おれはいわきで働きたいって思ってるし、そこの理由の一つにはやっぱり親の近くにいてあげたいっていうのはあって、これって綺麗事に聞こえるけれど、結構がちな本心だからいいんじゃないかな、これもいろんな考えあることだし、おれはおれ、ひとはひと。

 

 

なんか、やっぱ文章書くのって難しいけど、いまのおれがこうして日記に残したいって思った理由は、2022年になって後一年、大学生やったら働き出すっていうのが現実味を帯びてきた今のおれの綺麗な気持ちは、親に認められて親を支えられる人間になりたいって思ったからなんだなって思う。

 

ぐちゃぐちゃな文章になったけど、いつか読んでる自分ならこの時の気持ちとかに理解も示せるし、ちゃんとした答えを出せるんじゃないなって思っちゃう

 

未来に希望を持ちつつ、今日はここまで。

 

2022.1.5

地震きたね、愛の深み

最近、ひっさしぶりに大きめの地震がきたね

2011年、だからおれが中一のときに東日本大地震があったんだけどそれに勝るとも劣らないような地震でね。

おれはちょうど布団に入ってたんだけど、あぁきたなって。あれ?長くね。いや、でかいでかい。みたいな

地震経験者の軽い余裕を持ちつつも、しっかりびびるっていう謎の約1分間を過ごしたんだけど。

 

まあ、とりあえず実家の親に連絡してみて、無事だと知って、はいよかった。っておもったら

浪人時代の友達から電話きてさ、普段連絡は滅多に取らんし、もう4年くらいは会ってないからびっくりしたんだけど。

 

いいね。愛が深い。

これって経験するかしないかだと思うんだけど誰かに心配されるとか思われるっていうのはすごく温かいものなんだよね

そこに恋愛感情とかが入ってるものはまた別のもので、友人とか先輩とかそういう関係性の中で離れていても相手を忘れてないよ、覚えているよ、思っているよって表したり表されたりっていうのは、まぁ普通に生きてる中では感じ得ないことなわけで

 

内容自体は、大丈夫か?が第一声。

まあ、軽く話してから、大丈夫ならいいんだ、それだけ。って側から見たらそっけな。ってかんじるものかもしれないけれど

これくらいがいい。

人間関係の良し悪しってどう人と付き合いたいかっていう各人の価値観の違いとかが露骨にでてくることだと思うんだけど、

おれはこれくらいが好き

もちろん、だる絡みとかもたまーにはしたいけどね笑

 

人生で出会って良かった人は?

こんな質問されることってないんだろうけど、今回のことで考えてみて

というか、考えようって思ってるだけで心当たりがいそうなわけで

ただそれだけで自分は幸せなのかなって感じた深夜の数分間

最近、23歳になりました。

まだ学生、人生の半分もいってない、、はず

ってことはまだいままでの倍以上の人たちと関わってくんだなって思うと、ワクワクしてくる

 

と、まあ、突然の日記でした

 

未来に希望を持ちつつ、今日はここまで。

お酒はほどほどに。

だいぶ久しぶりのブログかな。

昨日、実習班の飲み会があってしっかり潰れた。

なんか、おれももう22歳でもうすぐ23歳になる訳なんだけどいつまでこんな飲み方してるんかなって本気で思うよね。

正直、おれはかなり酒に飲まれてきてるわけで、色んな人に迷惑もかけたし、すげー大変なことになったこともあるわけでね。

今回はでも、何か違うのよ。

 

結構本気で変わりたい、、と。ね。

 

そんなわけでここに誓おうと思う。お酒は飲まない!とかいうのは現実的ではないわけで、ただそもそも今筋トレガチだからあんまり飲まないんだけど、飲む時にアホな飲み方をしたくないわけで。

いろんな種類飲まない、周りと同じペースで飲む

この二つだけは言い聞かせて飲んでいこうって思ってる潰れ明けの夜。

 

そろそろ彼女にも迷惑かけてられんし、本気で変わるわ

 

酒は飲んでも飲まれるな!

 

これ言ったやつ、がちでがち。

 

未来に希望を持ちつつ、今日はここまで

 

2020.11.25

バスケ中学、

前々回くらいのブログでたしかバスケのこと書いてた気がするから きょうはすこしバスケのお話を。

 

バスケを始めたのは中学から。

小学生の6年間はずっとサッカーをやっていた。

サッカーは好きだったんだけど、新しいことに挑戦したいってのと 好きな子がバスケやってて ってのも多分あるはず。

 

中学入学時に168㌢くらいの身長で まあ大きい方ではあったし サッカーとかスポーツは好きだったから自信はあったんだけど

 

いざやってみると、何?このスポーツ、きつ過ぎって気持ちで。

漫画で見たかっこいいバスケとは程遠い かに歩き 端っこでダムダム 真上にボール投げる とかなんともっていう練習をしてた。

 

おれが入ったときはたぶんうちの中学校の歴史の中ではかなり経験者が揃っていた世代で おれは当然初心者で外とかで練習をしていた。

 

そんな先輩たちでも最後の大会は 強豪校に当たって ボロ負け。おれ的には始めたばかりでこの人たちすげぇって思ってたから なんか拍子抜けというか 気付いたら一個上の先輩たちと次の大会に向けてスタートしてた感じだった。

 

おれに転機が訪れたのは中1の秋の大会だったんだと思う。相手は県大会でも1位2位を争うような強豪で 今ではプロとかになっちゃったような人もいたチームとやったんだけど。

スコアは110-14くらい?だった気がする。笑っちまうなって思うけど、この試合でおれは途中から出てエンワンを含む5得点を挙げた。

試合後 相手の監督に 褒められて負けたのに嬉しかったってのは今でも鮮明に覚えてる。

 

それから結局、一個上の先輩たちも最後の大会は一回戦で負けちゃって 気付いたらおれらの世代

おれは副部長になった

 

そんなおれにバスケ人生でもまあ大きな出来事が起こる

膝の手術だ。手術をするほどではなかったんだけど、父親が最後の大会でもしものことがあって出れなかったらというのを真剣に考えてくれた末の結果で 未だにしてよかったかはわからないけど 父親がしっかりおれのこと見てて考えてくれてたってことがふつうに嬉しかった。

 

手術後は実際しんどかった

まず筋肉が落ちて落ちて走れない、跳べない、と。

でも、そんなとき頑張れたのは同期の部長のおかげだと思う

そいつとはもともと小学校一緒だったんだけどそこまで仲よかった訳でもなくて、なんで一緒にバスケ部に入ったのかも本当によく分からないんだけど、そいつとバスケできたってのは おれの財産の一つだと思う

とにかく真面目なやつで 人一倍練習頑張るやつだった。

そいつのおかげで おれもクソ真面目にバスケってものに取り組めたし いまでも取り組めてるんだと思う。

 

手術前くらいまで動けるようになって すぐに選抜のセレクションみたいなのがあった

まあ、全然練習もできてなくて参加したから それはそれはひどかったんだけど

なぜか地区の選抜に選ばれた、たぶんデカかったから。この時183㌢くらいには伸びていた。

これをきっかけにおれのバスケ人生は よくもわるくも変わっていった。

この地区選抜は市の選抜の前段階みたいなもので、ぜんぜん凄いものではないんだけど、おれの他はみんなミニバス経験者。

もとから仲良いっぽくて おれはバスケに自信もなかったから 一人ぼっちだった。

結局、練習も選抜の試合でも友達は出来ずになんとなく過ごして終わってしまった。

 

その後の秋の大会でおれらのチームは特に目立った活躍もなく負けた。残すのは最後の大会のみとなり、中学校で一回は勝ちたいと最後に向けて気持ちを強く持っていた。

 

そんな中、本当にありえないことが起きた。

市の選抜に選ばれた。

顧問の先生に呼び出されて、突然伝えられて、え?なに? ってかんじ。

とりあえず資料もらって、その日はオフだったから家に帰ったんだけど 家でメンバーとか色々見て まず思ったのは 無理。ってこと。

メンバーにいたのは市内のバスケ事情なんて大して知らないおれでも知ってるような名前ばかり。全員がベスト4のチームのメンバーか、各チームのエースみたいな奴ら。

 

今回は前の選抜みたいに1人は嫌だ。絶対友達作ろう。とおもって 行った初練習。

練習着とか全部無償で準備されてて、なにこれ、やば。って。

いざ、練習始まると ほかの人たちはみんなうまい ついていくのに精一杯

休憩中はみんな楽しそうにシュート練習してるのに、おれはどうしても中に入っていけなかった。

たぶんヘタってのもあったんだけど、ほかの中学でおれが入ったせいで落ちた奴らがたくさんいて そいつらと友達の奴らがほとんどだったから 勝手に嫌われてるとおもってたんだよね。

 

帰りの車で おれは なにも話せなかった

選抜期間、車ではずっと無言だった

動き方もわからない、ろくにシュートも打てない、なのにスタメンで出される

他に上手い奴らたくさんいるのに そいつらがベンチで応援してる

意味がわからなかった

自分の中学に戻ったときだけ いきいきとバスケしてる自分に対してなんともいえない軽蔑心があった

結局、その選抜でおれは多少はみんなと話せるようにはなったけど、確実に認められてはいないという感触のまま選抜期間がおわった

 

しかし、おれの訳の分からないこの流れが止まることはなかった。

県の選抜の候補30人に選ばれた。

また、顧問に呼び出されてそう伝えられた。

 

今回のメンバーはもう、むしろ知らん。でも確実に言えるのは市の選抜の対抗試合みたいなので戦ったから知っていた。めちゃくちゃ上手い奴らだって。

 

中学2年、冬

まだバスケ初めて2年もしない段階でバスケ歴8年くらいの奴らばっかの練習会に参加した。

雪が降りつもっていた日だった。

 

その日は母親と2人で行ったんだけど 自分の中でここまできたら 県の選抜目指そう、やりきる。って覚悟を決めてたから車の中でも わりとリラックスして行けたって記憶はある

 

練習会自体はほとんどゲーム形式で、おれ的にはかなり頑張ったなって思ってた。

身長生かして出来ないなりにやり切れたなって。

 

二週間後くらい経って 顧問から呼び出された

 

県の選抜は残念だったな。

 

わかっていたし、散々これまで選抜に選ばれるたびに 大袈裟じゃなく 死にたい つらい と思っていたから 普通なら安心するだろって思うかもしれない

けど、あの時たしかに 

悔しかった

惨めだった

見返したかった

そして 家に帰って 泣いた

 

ずっと夢の中にでもいたかのようで

ありえないくらい自分も上手くなって

精神面も鍛えられて

 

とつぜん夢が覚めた感じがして

あり得ないくらいの後悔をおぼえた

 

なんでもっとやりきらなかったか

なんでもっと他の人にきいたりしなかったか

なんでもっと、

って考えまくって

辿り着いたのが、最後の大会で周りを見返してやるって。

 

 

まあ、今日はこんなもんかな。

中学のバスケ人生がおれの中で1番しんどい期間だったとおもう。

あれよりきつい期間はまだ無い。

でもあれがあったから今の自分があるんだと思う。

 

未来に希望をもちつつ、今日はここまで

 

2020.6.10

友人と、

友人と久しぶりに会った

 

大学でたぶん1番仲のいい友人なんだけど 大学に行けてないし 自粛期間だったし ですごく久しぶりに会った

 

彼は大学の学籍番号が前後の友人で はじめはサッカー好きということで仲良くなった

 

学籍番号前後 ということで何をするのも基本同じペアやグループで そりゃ仲が良くなるだろってかんじで仲良くなった

 

彼は ハロプロ好きっていう今では珍しいやつなんだけど そんな彼の影響もあって おれもハロプロに興味持って 特に鈴木愛理さんにハマってしまった

 

愛理は元°C-uteのいまはソロ活動でアーティストとして活躍しており 可愛いし 歌も上手いし 面白いし と。 とりあえず皆さんには是非「鈴木愛理」で検索してもらいたい

 

そのほかにも彼とは何度もライブに行った

それこそハロプロも行ったし バンドも沢山あった

 

彼が当ててくれたエルレの復活ライブは おれのライブ人生でもまじでどのライブにも譲れないくらいの 最高のライブだった

 

 

と、まあ 何が言いたいかって 友人はいいなってこと

 

小学校 中学校 高校 大学 とどこでも1番と思える友人ってものがいたわけで

一つずつ次のステップへと 上がっていく中で 関係性は多少は薄れてしまうし 会う機会は年に一度、二度となっていってしまう

 

おれ自身 大学に来てまでも ずっと昔の友人としか 遊んでないやつらってのは 今の環境を楽しめてない感じがして だせぇって思うんだけど かといって 昔の友人を忘れるってのは大事な財産を失うようなもので

 

これから就職して 今日あった彼とも 少しずつ 会えない機会が増えていくのだとおもう

 

環境の中での 関係を築く

過去の中での 関係を保つ

 

友人とか お世話になった人 お世話になっている人 っていう存在を 忘れるような人間にはなりたくないな ってなんとなく思った今日

 

 

いつまでも友人とは友人でありたいな

 

未来に希望を持ちつつ、今日はここまで

 

2020.6.4

 

 

 

 

外ではすけ、

中学からバスケ部に入った

 

それまでやってたサッカーは 兄に連れられてやってて 嫌いではないし むしろ好きだったんだけど なんか嫌になって バスケを始めた

 

 

きょう バスケリングある公園が まあ近くはないけどあるよ って知ったから いってみた

 

地元でも よく外でバスケはしてて その公園も すごく混んでたけど やっばり今日行ったとこも混んでて もう22歳だけど 中身はクソガキなもんで ぶつぶつ言いながら 帰った

 

バスケを始めて かなり成長? したと思う

 

たまたま背が高かったから 選抜とか色々経験させてもらって いろんな人に出会い 

苦しい思いもしたし

いい思いもしたし

当時はいい思いなんて 想像できなかったんだけど

いま こうしていい思い出みたいに話せてるのって 冷静に凄いし 時の流れを感じる

 

まあ 色々あったけど 中学の市選抜がいちばんしんどかったかな

毎回 行きの車は無言 帰りは少し話すけど基本静か

あの時の母親、すげー優しかったなって

深く聞いてこないし かといってバスケに触れないこともなく

バスケのことなんて知らないだろうし 母親だってきつかったとおもうんだ

親の中でも結構ミニバスからの繋がりみたいなのがあったからさ

 

おれはかなり親に恵まれてるとこの歳になってたまーに思うよね ありがたいありがたい

 

今月は母親の誕生日 来月は父親の誕生日

 

迷惑かけた分 少しずつ 恩返しできたらな

なーんて思ってる 謎な夜

 

バスケのこと書こうって思ったら なんか話し変わってきたし でも バスケのことは 少しずつ このブログに 詳しく 書いていこうと思う

 

おれは 別にバスケうまいわけでもないけど

とにかく すごく好きっていうきもちはもってるわけで こういうのって 心に持っておくものとか いう奴らもいるけど こんな 誰がみてるからわからない おれのこと誰か知らない人たちに対して そして自分に対して 偉そうに書くのも悪くはないんじゃない しらんけど

 

未来に希望を持ちつつ、きょうはここまで

2020.6.2